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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)2097号 判決 1984年6月04日

原告

伊藤正孝

右訴訟代理人

佐伯仁

工藤勇治

小池義夫

田中健一郎

被告

内田忠男

右訴訟代理人

遠藤寛

今野昭昌

田中徹

被告

株式会社新潮社

右代表者

佐藤亮一

右訴訟代理人

多賀健次郎

武田仁宏

主文

一  被告らは連帯して原告に対し、朝日新聞、読売新聞及び毎日新聞の各全国版朝刊社会面広告欄に、別紙第一記載の文案の謝罪広告を表題部分は一二ポイント活字、その余の部分は一〇ポイント活字をもつて各一回掲載せよ。

二  被告株式会社新潮社は原告に対し、金六〇万円及びこれに対する昭和四七年三月二五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告内田忠男は原告に対し、金三〇万円及びこれに対する昭和四七年三月二四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、これを四分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

六  この判決中金員の支払を命ずる部分は、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一本件第一記事の掲載、頒布と名誉毀損の成否

1  被告会社が、その発行している週刊雑誌「週刊新潮」の昭和四六年一二月一一日号の「タウン」欄に、「テレビ界にいた――このすごいインテリ」との見出しの下に本件第一記事を掲載して頒布したこと、本件第一記事は、野平健一編集長、山田彦弥記者ら被告会社の被用者により取材、編集されたものであること及び本件第一記事中に「B記者」と表示されている人物が原告を指すものであることは、原告と被告会社との間において争いがない。

2  そこで、本件第一記事中の「B記者」という匿名の表示が、これによつて客観的に原告を特定、識別するに足りるものといいうるか否かについて検討する。

まず、本件第一記事中には、週刊新潮が日ごろB記者の所属する新聞を批判している立場にある旨の記述があるが、<証拠>によると、昭和四六年当時、週間新潮誌上には朝日新聞の記事内容や報道姿勢を批判する記事が継続的に掲載されていたことが認められるから、週刊新潮の読者にとつては、「B記者」が朝日新聞の記者であることは一見して明白であつたものということができる。

次に、本件第一記事中において、B記者は某全国紙の切れ者記者で終始一貫ユーザーユニオンを支援していた旨、B夫人はB記者との結婚前に関西系某テレビ会社に勤めていた旨紹介されているところ、原告が昭和三五年四月に朝日新聞社に入社して以来、鹿児島支局、西部本社社会部、福岡総局、東京本社社会部、同首都部等を歴任し、現在、東京本社政治部に勤務しており、これまで、アフリカに二回、アメリカに一回それぞれ特派員として駐在し、取材に当たつた経験を有することは、関係当事者間に争いのない事実であり、<証拠>によれば、昭和四六年当時、原告は東京本社首都部に在籍し、ユーザーユニオンに関する取材活動を精力的に行い、個人的にもユーザーユニオンの欠陥自動車追及運動を支援していたものであつて、そして、このことは原告の知己友人や、在京の有力新聞各紙の記者間においてよく知られていたことが認められ、原告本人尋問の結果によれば、原告の妻は結婚前に北九州市所在のテレビ西日本というテレビ放送会社に勤務していたことがあり、そして、このことは原告の親族はもとより知人や同僚等の間でもかなりの範囲にわたつて知られていたことが認められ、これに反する証拠はない。

更に、<証拠>によれば本件第一記事は、その発表後、原告に関する記事として新聞記者仲間の話題になつたこと、<証拠>によれば、原告自身も同僚の記者から原告に関するものとして本件第一記事を示され、また友人、親族、同僚等から右記事の内容の真偽についての問合せや注意を受けたことが認められる。

以上に認定した諸事情を総合すると、少なくとも在京の有力新聞各紙の記者、殊に社会部記者、その他原告の知己友人のかなりの範囲の者にとつては、本件第一記事中に「B記者」と表示されている人物が原告を指すものであることは容易に推知しうるところであつたものと認めざるを得ず、右認定を覆すに足りる証拠はない。そうすると、右「B記者」という匿名の表示は、これによつて客観的に原告を特定、識別するに十分であつたものというべきである。

3  ところで、本件第一記事中において、関西系某テレビ会社編成部長Aの使者の口上内容として記述されている部分は原告を指すとみられる「B記者」の妻が結婚前に上司のAと情人関係にあつたが、最近B夫婦に離婚話が出たためB夫人とAとの関係が復活し、B夫人は実家から譲られた山を一〇〇〇万円で処分してしるこ屋を始めようとしたところ、B記者がその金を横取りして、これをユーザーユニオンの恐喝事件で起訴された安倍と松田の保釈保証金に充てた、というものであつて、右口上内容の部分は、原告が不仲となつた妻の財産を横領したという原告の醜聞に属する事実を摘示しているものであることは明らかである。

もつとも、本件第一記事には「テレビ界にいた――このすごいインテリ」との見出しが付されており、記事冒頭部に「テレビ界の一面を知ることのできるマンガとして、以下の話は聞いていただきたい。」との断り書きがあり、また、記事の末尾は「ときどき言論の自由をタテに立派やかな(?)姿勢を見せてきたテレビ界、いつたい、どんな人間が生息してるというのかね。」との文言で締めくくられているのであつて、これらの記述を参酌すると、本件第一記事は、テレビ放送人の中には、もつぱら個人的な動機から、自己と対立関係にある第三者に社会的打撃を与えることを目的として、週刊新潮誌編集部に対し右第三者の醜聞に関する情報を進んで提供し、これを記事として同誌に掲載方を求めるという卑劣な行為をする人物がいることを報道し、その人格の低劣さを批判するとともに、そのような人物の存在するテレビ界の体質に対し警告を発することを意図しているもののように解し得られないでもない。

しかしながら、本件第一記事を全体として観察すると、A編成部長の人物像についての説明が同人の人格批判記事としては抽象的に過ぎ明確を欠いている上、Aの使者と称して週刊新潮誌編集部を訪れたという人物とAとの関係も明らかでないなど背景となる事実関係が漠然としていて、A及びその使者について読者が受ける印象は希薄であるのに対し、右使者の口上の内容である原告夫妻に関する情報は具体的かつ詳細にわたつて記述されている。しかも、右使者の口上内容に係る事実の真偽について、本件第一記事は「(ウソかマコトか)今回の保釈金一千万円を出したのも彼だという。」との記述からもうかがわれるように極めて思わせ振りな表現を用いて、これを明示することを故意に回避しているのである。

この点につき、本件第一記事の冒頭に存する「テレビ界の一面を知ることのできるマンガとして、以下の話は聞いていただきたい。」との記述は、A編成部長の行為が失笑に値する戯画的行動であることを表現したものと解することはできても、右記述が、被告会社主張のようにAの使者の口上内容がそれ自体真実性のない漫画的な戯作ないし荒唐無稽の事実である旨を示唆するものとは到底解することができず、他に本件第一記事中に右使者の口上内容が事実無根の中傷であることをうかがわせるような記述は見当たらない。

以上の諸点を総合すると、一般の読者、ことに原告を知る者が本件第一記事を一読した場合には、Aの使者の口上内容部分の印象が特に鮮明に残り、右口上内容として摘示されている原告の醜聞に属する事実があたかも真実であるかのような印象を受けることは、これを否定することができない。

してみると、掲載の動機ないし目的がどのようなものであつたにせよ、一般読者に対し右説示のごとき印象を与える本件第一記事が週刊新潮誌上に掲載、頒布されたことにより、原告の名誉が毀損されるに至つたことは、明らかといわなければならない。

二右行為についての被告会社の責任

上来認定の事実に<証拠>を併せると、本件第一記事中に原告の実名が表示されていなかつたこと等の事情を考慮しても、右記事の編集に関与した野平健一編集長、山田彦弥記者ら被告会社の被用者は、右記事が掲載頒布されれば原告の名誉が毀損されるであろうことを容易に予見し得たものと認められる。そうすると、右被用者らは同記事の掲載頒布による原告に対する名誉毀損行為につき少なくとも過失があつたものというべきであり、本件第一記事の編集が被告会社の事業の執行についてされたものであることは明白であるから、被告会社は右被用者らの不法行為について民法七一五条による使用者責任を免れることはできない。

三本件第二記事の掲載、頒布と名誉毀損の成否

1  被告会社が週刊新潮昭和四七年一月一日号に本件第二記事を掲載して頒布したこと、本件第二記事は、野平健一編集長、久恒記者ら被告会社の被用者により、被告内田その他の者から取材したところに基づいて編集されたものであることは、全当事者間に争いがない。

2  本件第二記事の内容が原告の新聞記者としての、また一般社会人としての社会的評価を低下させるに足りるものであつたかどうかについて検討する。

<証拠>を総合すると、ユーザーユニオンは、自動車製造、販売会社に対抗して自動車の欠陥の摘発、苦情処理等を行うことにより自動車保有者の利益を擁護することを目的として、昭和四五年四月ごろ設立された団体であるが、ユーザーユニオンの専務理事である松田及び顧問弁護士である安倍の両名は、同年一一月二日ごろ恐喝、同未遂の容疑で逮捕され、同月二二日、共謀の上株式会社本田技研工業ほか数社の自動車製造、販売会社から欠陥車事故の示談金名下に多額の金員を喝取し、又は喝取しようとしたが未遂に終わつた旨の公訴事実により東京地方検察庁から東京地方裁判所に起訴されるに至り、この事実は当時新聞、ラジオ、テレビ等により大々的に報道され、世人の関心を集めていたことが認められる。

本件第二記事は、以上のような情況をふまえた上、かねてからユーザーユニオンの欠陥車告発活動を支援してきた朝日新聞記者として原告を紹介し、被告内田その他の関係者の談話を適宜引用しつつ原告及び朝日新聞とユーザーユニオンとの係わり合いを説明しているものであるが、右記事中、被告内田の談話として引用されている「はなはだしいのは伊藤君が、四十五年の秋ごろ、安倍、松田の両人と熱海でユーザーユニオンのトップ会談を開いたりしていることで、このことについては東京地検も興味を持ち、ぼくの聞いたところでは、伊藤君が彼らとの共同謀議に加わつたか、あるいは、ああいう示談金を取るユーザーユニオンのやり方に彼が示唆を与えていたのではないかという疑念を持つたこともあつたようですからね」との記述部分は、読者に対し、原告が安倍、松田らの示談金恐喝事件の黒幕であつて、同人らの犯行につき原告が共同謀議に加わつたか、又はこれを教唆したかのような印象を与えるものと認めざるを得ず、本件第二記事の他の部分と総合して全体的に観察しても、この認定を動かすことはできない。

してみると、右のような記述部分を含む本件第二記事は、原告の社会的評価を低下させるに十分な内容を具備しているものというべきであり、本件第二記事が週刊新潮誌上に掲載、頒布されたことにより原告の名誉が毀損されるに至つたことは明らかである。

3  なお、原告は、本件第二記事中には原告に関し、(1)恐喝等で起訴されたユーザーユニオンの松田、安倍を強くバックアップしてきた旨、(2)欠陥車問題に関連して読売新聞社が招いたラルフ・ネーダーに密着取材し、やはり読売の好意でネーダーに会つた安倍と一緒になつてネーダーから読売も知らないスクープ記事を取つてしまつた旨、(3)そのうえネーダーから招待されてもいないのに招待されたと称して渡米した旨の記述があり、右(1)ないし(3)の記述部分は読者をして、欠陥車問題に関する原告の取材活動がユーザーユニオンと異常に密着してなされた不公正で強引なものであるとの感をいだかしめるものであると主張する。

しかしながら、本件第二記事中の原告主張(1)に相当する部分は、原告が安倍、松田らを強くバックアップしてユーザーユニオンの欠陥車告発活動を支援してきたことを摘示したものであり、それ自体としては何ら原告の社会的評価を低下させるおそれがあるものとはいえない。

次に、原告主張(2)及び(3)の部分は本件第二記事のうち別紙第四の二枚目裏一行目から三枚目表一一行目までの記述を指すものと思われるが、右記述部分は、「アメリカからラルフ・ネーダーが来日した際、原告はユーザーユニオンの安倍とともに京都まで同行し、ネーダーから「アメリカで回収されている日本製の欠陥車が日本では回収されていないという特ダネ記事をスクープしたが、もともとネーダーを日本に招待したのは読売新聞社であり、安倍は読売の承諾によりネーダーの京都行きに同行することができたにもかかわらず、京都においてネーダーをして朝日新聞のネーダー担当記者として同行取材していた原告に対し、読売を差しおいて前記特ダネ情報を提供させたものであつて、安倍の右行為は読売の好意を踏みにじるものである。その後、原告はユーザーユニオンの松田専務理事に従つて渡米し、朝日新聞特派員としてアメリカでネーダーと松田に関する記事をいくつか書いたが、被告内田が松田に対し、読売のおかげでネーダーに会えたのに読売を差しおいて朝日の記者である原告を連れて渡米したことにつき抗議したところ、松田は、ネーダーからの招待電報に補助者として英語のできる原告のような人を同伴するよう指定してあつたからである旨弁明した。しかし、調査の結果松田はネーダーから渡米の招待を受けた事実がないことが判明した。」との意に解されるものである。。したがつて、右記述部分は、一面においてはユーザーユニオンの幹部である安倍及び松田の読売新聞社に対する徳義に反する行動を非難するとともに、他面においては原告が安倍、松田らから厚遇、重用されていることの例証を掲げたものであつて、直接的には原告の行動に対する非難の趣旨は、こめられていないものと認めるのが相当である。

右認定のとおりとすれば、右記述部分は、本件第二記事中のその余の部分と相まつて、原告が欠陥車告発活動の取材を通じてユーザーユニオンと密接な係わり合いを持ち、その幹部から厚遇、重用されて欠陥車問題の報道面で華々しい活躍をしてきたとの事実を摘示しているものにすぎず、右摘示に係る事実は別段原告の名誉を毀損するものではない。けだし、新聞記者の取材活動についての心構えないし報道姿勢のあり方については、公平な第三者として傍観者的立場から取材対象に接するのでなければ公正な報道はできないとする伝統的な意見のほかに、取材対象に密着し、同化して、取材対象を当事者的立場で内部から観察するのでなければ真実に即した報道はできないとする意見もあり得るところであつて、後者の意見に基づく報道姿勢は前者の意見の立場から批判の対象となることはあつても、右報道姿勢が社会通念上許容されない不公正なものであるとか、その他社会的非難に値するものであるとは解し難いので、特定の記者の報道姿勢が右のいずれの部類に属しているかは、当該記者の個人的な資質、品性その他の徳目に対する社会的価値判断に原則として影響を及ぼすことのない事柄であるというべく、したがつて、本件第二記事中に原告の取材活動に関し前叙のような事実が摘示されているからといつて、それだけでは原告に対する社会的評価を低下されるおそれがあるものとは断定することができないからである。

以上のとおりであつて、本件第二記事中に読者をして原告の取材方法が新聞記者として社会通念上許容される限界を逸脱した不公正かつ強引なものであるとの印象をいだかせるおそれのある記述部分があるとは認められないので、この点に関する原告の主張は採用することができない。

4  そこで、被告新潮社の抗弁について判断する。

本件第二記事中原告の名誉を毀損するものと認められる前記2の被告内田の談話内容に係る「原告が安倍、松田らの示談金恐喝の犯行につき共同謀議に加わつたか、又はこれを教唆した」との事実は、いまだ公訴の提起されていない他人の犯罪行為に関する事実に該当し、かつ、本件第二記事は、一流新聞の欠陥車問題担当記者である原告とユーザーユニオンないしその幹部との係わり合いを説明し、新聞記者の取材、報道のあり方を論じたものとして、もっぱら公益を図る目的で公表されたものということができるから、前記事実について事実性の証明があつたとき、又は取材、編集担当者において当該事実を真実であると信ずるにつき相当な理由があつたときは、不法行為としての名誉毀損は成立しないものと解すべきである。

よつて、まず、前記事実についての真実性の証明(この場合、証明を必要とするのは、原告が安倍、松田らの示談金恐喝の犯行につき共同謀議に加わり、又は教唆したとの事実それ自体であつて、原告が捜査当局からそのような嫌疑を受けたという事実ではない。)の有無について見ると、<証拠>によれば、原告は、安倍及び松田が逮捕された後、昭和四六年一一月一六日東京地方検察庁から参考人として呼出しを受けて同庁に出頭し、午後一時ごろから午後五時ごろまでの間、欠陥車問題取材の経過、安倍及び松田との交友関係、右両名が進めていた事故車両に関する示談の内容についての原告の認識の程度等につき検察官から事情聴取を受けた事実は認められるものの、以下に説示するとおり、原告において安倍及び松田と熱海で会談を開くなどして同人らの示談金恐喝の犯行につき共同謀議に加わり、又はこれを教唆した事実については、これを認めるに足りる証拠がない。

(一)  <証拠>には「ユーザーユニオンの発足当時安倍、松田の外原告を含む数名の関係者がしばしば熱海、伊東等で会合を開いていた。ユーザーユニオンに密着していた原告がかれらの正体を見抜けなかつたとは、おかしな話で、今度の恐喝事件でも原告は安倍、松田の共謀を知つていた節がある。」旨の記載があり、<証拠>中にもこれと同旨の供述部分があるが、右記載及び供述中、(1)原告と安倍、松田らとの熱海等における会合の点については、右遠藤証人の証言によると、同証人がユーザーユニオンの元事務局員から伝聞したものであつて、被告内田も同証人に対し右事実は間違いない旨言明していたというにとどまり、同証人が直接調査して真偽を確認したわけではないことが認められ、情報源である元事務局員の氏名すら明らかでないなど右伝聞に係る内容の信憑性を担保すべき何らの手掛りもなく、また、被告内田の右言明はそれ自体確たる根拠に基づくものといえないことは後述のとおりであり、(2)その余の事項については単なる憶測に基づくものにすぎず、結局、右記載及び供述の証拠価値は薄弱というほかはないのでこれを採用することはできない。

(二)  <証拠>によると、久恒記者は、ユーザーユニオンと原告との関係について取材すべく被告内田に面会した際、同被告から、原告はユーザーユニオンと癒着している旨の批判にひきつづいて「はなはだしきに至つては、去年の秋ごろ原告と安倍と松田の三人で熱海でユーザーユニオンのトップ会談を開いている。このことについては東京地検で証言者があり、地検でも興味を示して原告が事情を聴かれている。ある検察筋は、原告が共同謀議に参画していたのではないか、ユーザーユニオンのああいつた進め方に示唆を与えたのではないかという二点の疑惑があると言つていた。」との趣旨の話を聞いたことが認められるが、他方において、同証言によると、久恒はその際被告内田に対し原告の右疑惑に関する情報源の開示を求めたところ、同被告は、「紹介することはできないが、とにかく、ある検察筋の話なんだから間違いない。」と答えて情報源を明かすことを拒んだ事実が認められ、右の事実に加えて、被告内田がその本人尋問においても右情報源を明らかにしていないこと、原告が当時捜査当局から被疑者として取調べを受けたり、安倍及び松田の共犯者として訴追された事実は全証拠によつてもうかがわれないことを総合して考察すると、被告内田の前記談話内容は、確たる根拠に基づかない自己の憶測した事実をあたかも検察筋から得た確実な情報であるかのように粉飾したのではないかという疑いが濃厚であつて、到底そのまま信用することはできない。

(三)  もつとも、<証拠>を総合すると、(1)原告は、昭和四四年六月ごろ、欠陥車問題に関する取材を通じて松田と知り合つたが、そのころ松田から同人の企画している欠陥自動車の摘発、苦情処理等の消費者運動に対する朝日新聞社の援助、協力を求められた際、同人に対し、右運動を目的とする団体の結成が先決である旨助言したこと、(2)たまたま同年七月初めごろ、原告は、高速運転中の乗用自動車ホンダN三六〇の横転事故につき業務上過失致死傷罪により有罪判決を受けた者から、右事故は車体の欠陥に起因する疑いがあるとして、同人の雇い主を通じて右有罪判決に対する再審請求の能否につき相談を受けたので、自己が朝日新聞社福岡総局在勤中に面識を得た安倍に対し、訴訟記録の写しを交付して事件処理を依頼した上、安倍の求めに応じ、事件処理に協力すべき自動車技術者として松田を安倍に紹介したほか、事故車と製造時期を同じくする同種車両の入手のあつ旋をしたこと、(3)安倍と松田は、欠陥車問題が社会的に広く取り上げられ、一般の自動車保有者も欠陥車問題に関心を示し始めた情勢を見るに及んで、相協力して自動車の消費者団体を設立することを決意し、同年一二月ごろその設立準備に取りかかつたが、右団体の名称について両者の間で意見が対立したため、安倍から調整方を依頼された原告は、昭和四五年二月ごろ「日本ユーザーユニオン」という名称を提案し、右提案が採用されて同年四月にユーザーユニオンが設立されたこと、(4)原告は、ユーザーユニオンの機関誌「ジャックフ」(号によつては「ジャック」と題されたこともある。)の昭和四五年五月創刊号及び昭和四六年九月号に寄稿したほか、同誌昭和四六年一〇月号に「不起訴でよいのか ニッサンエコーとホンダN三六〇」との見出しの下に掲載された安倍と松田の対談の司会を勤め、右対談の中で、安倍が代理人として告訴、告発をした自動車製造会社幹部に対する殺人、同未遂、業務上過失致死傷等被疑事件につき東京地方検察庁が被疑者を不起訴処分に付したことについて、捜査に熱意を欠くとしてこれを非難し、安倍と松田の欠陥車告発活動をたたえた上、「東京地検がどうであれ、お二人の戦いの前途は長いと思う。われわれ新聞記者はユーザーユニオンを日本の歴史に残すためのお手伝いをしたい。」と発言したこと、(5)昭和四六年一一月に安倍及び松田が逮捕され、そのころ同人らの勾留理由開示の手続が行われた際、原告は一般傍聴人として法廷を傍聴し、休廷時間には弁護団やユーザーユニオンの関係者と鳩首協議するなど支援者の一員として行動し、そのため取材中の各社司法記者のひんしゅくを買つたこと、(6)原告は、松田が保釈後ユーザーユニオンの事務局に入るよう働らきかけていた元学生運動家秋田明大に対し、安倍と松田が逮捕されたのはホンダと検察の陰謀であり、デッチ上げである旨言明したこと、以上の諸事実が認められ、これらの事実によれば、原告はユーザーユニオンないしその幹部である安倍及び松田の両名と深い係わり合いがあつたことが明らかであるが、そのことから直ちに原告が安倍及び松田の示談金恐喝の犯行に共謀者又は教唆者として加担した事実を推認することはできないし、他にかかる事実を肯認させる証拠は見当たらない。

以上のとおりであるから、本件第二記事中に摘示されている原告の犯罪行為に関する事実については、その真実性の証明はないことに帰する。

進んで、本件第二記事の取材及び編集に関与した被告会社の被用者らにおいて前示事実を真実であると信ずるにつき相当な理由があつたかどうかについて検討する。

<証拠>を総合すると、本件第二記事の取材、編集の経過について以下の事実が認められる。

週刊新潮誌編集部では、昭和四六年一二月ごろ編集部に送付されてきた遠藤清の発行に係る「反朝日新聞」と題するタブロイド判新聞の同年一二月一一日号(甲第七号証)にユーザーユニオンと朝日新聞記者、ことに原告との関係を取り扱つた記事(同記事中には前記(一)において指摘した記述部分がある。)が掲載されていたことから、ユーザーユニオンと原告との関係に興味をもち、これを記事としてとり上げる企画が同年中旬ごろの編集会議で決定され、同月二〇日過ぎごろから同月二三、四日ごろまでの間に同誌記者の久恒が関係者に面接して取材し、同誌記者の山田彦弥(以下「山田」という。)が久恒の取材原稿を同人と打合せをしながらとりまとめて整理し、本件第二記事を編集した。

久恒は、右取材のためまず最初に遠藤に面接し、反朝日新聞一二月一一日号に掲載された前記記事の取材源、正確性等について質問し、同人から「あの記事は、ユーザーユニオンの創立にたずさわつた人や元事務局員、検事などから取材したものだから、我々は全面的に責任をもつ。」との返答を得たが、右記事中前記(一)に指摘した記述部分の情報源及び判断根拠に関しては、遠藤は久恒に対し、熱海等におけるユーザーユニオン関係者の会合の件については元事務局員からの伝聞である旨説明したのみで、その元事務局員の氏名を明かさず、また、原告が安倍、松田の共謀を知らなかつたはずがないとする点については、原告がユーザーユニオンに肩入れしているから、というのみで、それ以上に具体的な根拠を示して説明することはなかつた。(なお、証人久恒信夫の証言中には、久恒に対し遠藤が「東京地検特捜部の村田検事から原告を取り調べたと聞いている。同検事を紹介してもよい。」と告げたとする部分があるが、<証拠>と対比すれば、右久恒証言は同人の感違いであつて、遠藤が久恒に対し、「村田検事から聞いた。同検事を紹介してもよい。」と告げたのは事実であるが、遠藤の右発言は、甲第七号証の反朝日新聞に「証言十」として掲載されている鈴木孝雄記者に関する記事の取材源についてなされたものであることが明白である。)

元来、反朝日新聞は、朝日新聞に対する批判を唯一の目的として遠藤により昭和四六年一一月に創刊された月一回発行のタブロイド判四ページ建ての新聞で、その性質上掲載記事内容の正確性については必ずしも無条件には信頼し難いものであつたので、遠藤から取材した段階では、安倍及び松田の示談金恐喝事件に原告が加担したとの事実について、久恒はいまだ真偽いずれとも判断することができなかつた。

そこで久恒は、遠藤の紹介により、読売新聞社の社会部記者で欠陥車問題を担当していた被告内田に面接し、同被告からユーザーユニオンと原告との関係について取材したが、その際同被告は久恒に対し、右関係について種々説明し、ユーザーユニオンと必要以上に密着しているとして原告を批判した上、前記(二)において指摘したとおりの話をし(これが後に別紙第五の2のとおり文章化されて本件第二記事の一部となつた。)、これらの談話を記事にする場合には同被告の氏名を明示しても差しつかえない旨述べた。

しかし、被告内田の談話中前記(二)に指摘した部分については、同被告は久恒に対し、その情報源は検察筋であると述べたのみで、それ以上には具体的に明示せず、また、原告が参加したという熱海におけるユーザーユニオンのトップ会談の模様につき久恒が更に突込んだ質問をしたのに対して、同被告は直接見たわけでないことを理由として細部について確答を避けた。

被告内田は、以前欠陥車問題の取材に関しラルフ・ネーダーをめぐつて展開された朝日新聞と読売新聞との取材競争で原告に後れをとつたことがあるため、原告を苦々しく思つており、久恒は、被告内田の談話を聞いて同被告が原告に対して悪感情をいだいていることを知つたが、同被告の談話内容の信憑性については、大新聞の中堅記者である同被告が取材に積極的に応じ、談話記事の発表について自己の氏名を明示することを承諾したこと、原告とユーザーユニオンとの関係について同被告のした説明は、部分的には同被告自身の体験した事実を含むもので、具体性に富む箇所もあり、また反朝日新聞の記事と符号する点もあること等から見て、同被告の談話は全体として正確度が高いものと判断した。

次いで久恒は、朝日新聞社東京本社首都部の新月部長、原告、ユーザーユニオン事務局、安倍及び松田の弁護人、東京地方検察庁検察官、元学生運動家秋田明大等に対し取材のための面会を申し入れたが、原告からは新月部長の許可がなければ取材に応じられないと断わられ、秋田明大を除くその余の申入れ先からはいずれも取材を拒絶されたため、本件第二記事は、主として遠藤、被告内田及び秋田明大の三名から取材した結果に基づいて編集されたものである(右三名のうち秋田明大に対する面接は、前記(三)の(6)の事実について取材するため行われたもので、別紙第五の2に掲げる被告内田の談話記事について裏付け調査のために行われたものではない。)。

右のように認められ、被告内田本人尋問の結果中右認定に添わない部分は採用しない。

以上認定の事実に照らして考えると、大新聞の中堅記者である被告内田が久恒の取材に積極的に応じ、談話記事の発表について同被告の氏名を明示することを承諾したとしても、久恒は、原告との取材競争に敗れた被告内田が原告に対し悪感情をいだいていることを知つていたのであり、かつ、同被告のいう熱海におけるユーザーユニオンのトップ会談に関する情報は、その情報源が具体性を欠くあいまいなもので、内容的にも漠然としたものであつたのであるから、安倍及び松田の示談金恐喝事件に原告が加担したとの事実については、その真偽の判断に慎重を期すべきであつたことはいうまでもなく、久恒及び山田としては、被告内田の談話を鵜呑みにすることなく、裏付け調査を実施して右談話内容の正確性を確認すべきであつたといわなければならない。原告がユーザーユニオンないしその幹部である安倍及び松田と深い係わり合いがあつた事実は前記(三)において認定したとおりであるが、その故をもつて他に特段の根拠もないのに原告が安倍及び松田の示談金恐喝の犯行に共謀者又は教唆者として加担したものと推測することは、合理性を欠くものであつて、是認することはできない。してみると、他の取材申入れ先から取材を拒否されたためであるにせよ、被告内田の前記談話内容の裏付けとなる資料を入手することができなかつたにもかかわらず、漫然と右談話内容を事実に合致するものと誤信して本件第二記事を編集したことについては、久恒及び山田に過失があつたことは明白であつて、右記事の取材、編集に関与した者が原告の犯罪行為に関する前示事実を真実であると信ずるにつき相当な理由があつたものとは到底認められない。

よつて、被告会社の抗弁は採用することができない。

四右行為についての被告らの責任

1  被告会社の使用者責任

本件第二記事の取材、編集に関与した久恒、山田ら被告会社の被用者は、別紙第五の2の記述部分を含む本件第二記事が掲載頒布されれば原告の名誉が毀損されるであろうことを予見していたことは右記事の内容に照らして明らかといえるが、右被用者らは違法性阻却事由が存在しないのに過失によりこれが存在するものと誤信していたのであるから、右記事の掲載頒布による原告に対する名誉毀損行為につき、同人らは過失の責めを負うべきである。「そして、本件第二記事の取材、編集が被告会社の事業の執行についてされたものであることは明らかであるから、被告会社は右被用者らの不法行為について民法七一五条による使用者責任がある。

2  被告内田の共同不法行為責任

前記三の4において認定判示したとおり、被告内田は、昭和四六年一二月中に週刊新潮誌の記者である久恒の取材に応じて原告とユーザーユニオンとの関係について説明した際、原告とユーザーユニオン幹部との熱海におけるトップ会談に言及して前記三の4の(二)に指摘した趣旨の話をし、右談話を記事として発表する場合には同被告の氏名を明示しても差しつかえない旨久恒に告げ、その結果右談話が別紙第五の2のとおり記事化されるに至つたものであり、右記述は被告内田の現実の談話と大綱において異なるところはない。

被告内田は、右談話は未確認情報である旨断わつた上で話したものであり、右談話を記事化した別紙第五の2の記述は同被告の現実の談話を正確に伝えていない旨主張し、同被告本人尋問の結果中には右主張に添うような供述部分があるけれども、右供述部分は<証拠>と対比すれば信用し難く、かえつてこれらの証拠によれば、同被告は久恒に対し、右談話内容に関し「ある検察筋の話なんだから間違いない。」とその正確性を強調した事実が認められるので、被告内田の右主張は失当である。

したがつて、被告内田は、自己の前記談話がおおむね別紙第五の2のような記事として週刊新潮誌上に掲載されることを予測し、これを容認しながら、あえて久恒に対し前記のような内容の談話をしたものと推認され、また、同被告は、右記事が同誌上に掲載、頒布されれば、記事の内容から当然に原告の名誉が毀損されるに至るべきことを認識していたものと推認される。

そうだとすると、被告内田は、被告会社の被用者らがした原告に対する名誉毀損行為を幇助した者として、民法七一九条二項により共同不法行為者としての責任を負わなければならない。

五損害賠償の方法・程度

1  原告本人尋問の結果によると、原告は、本件第一、第二記事が週刊新潮誌上に掲載頒布され、その名誉が毀損されたことにより多大の精神的打撃を受けたほか、次のような無形の損害を被つたことが認められる。すなわち、原告は、本件第一記事の内容に関し友人、社内の同僚、親族等から問合せや注意を受け、ことに原告側の親族からは一種の離婚勧告を、妻側の親族からは黒白をはつきりつけてもらいたいとの申出を受けたため、著しい不快感を味わつた。更に、本件第二記事が報道されたことにより、原告は同僚や友人から非難され、自己の行動について釈明して回らなければならなかつたし、自宅の近隣でも右記事が話題となつたため、昭和四七年一二月に住居を移転した。

なお、前記証拠によれば、本件第二記事が報道された後、原告は人事担当の総務局長から厳重注意を受け、担務の面では欠陥車問題の取材は一切できなくなり、昭和四七年三月には畑違いの政治部に配置転換され、大きな打撃を受けたことが認められるが、原告に対しこれらの措置が執られたのは、原告のユーザーユニオンないしその幹部に対する活発な支援活動が、公正中立な報道を本旨とする朝日新聞の取材方針と抵触し、これが上司の忌諱に触れたためである可能性を否定し去ることはできないので、右の厳重注意、担務変更転換などの処分を受けたことをもつて、本件第二記事による名誉毀損によつて原告の被つた損害に当たるものとすることはできない。

2  そして、本件第一、第二記事による名誉毀損の態様、右各記事が掲載された週刊新潮誌は発行部数の多い週刊誌であり、本件第二記事が掲載されている昭和四七年一月一日号は、<証拠>によつて認められるように、新年特大号として新聞広告、地下鉄の吊下げビラ等により大々的に宣伝されたこと、その他上来認定の諸事情を考慮すると、原告の被つた精神的苦痛を慰謝するには、本件第一記事による名誉毀損につき被告会社から金三〇万円、本件第二記事による名誉毀損につき被告両名から金六〇万円の慰謝料の支払を受けることをもつて相当とし、更に、本件第二記事によつて毀損された原告の名誉を回復するための措置として被告両名に対し、朝日新聞、読売新聞及び毎日新聞の各全国版朝刊社会面広告欄に、別紙第一記載の文案の謝罪広告を表題部分を一二ポイント活字、その余の部分は一〇ポイント活字をもつて各一回掲載することを命ずるのが相当である。

3  原告は、本件第一記事による名誉毀損についても被告会社に対し謝罪広告の掲載を求めているが、本件第一記事は原告を「B記者」と匿名で表示している関係上、これが原告に関する記事であると気付くのは比較的限られた範囲の人々であること、記事内容も家庭内出来事に関するものが主であつて原告の社会的生命にかかわるようなものではないこと等を勘案すれば、本件第一記事による名誉毀損については、慰謝料の支払のほかに謝罪広告の掲載まで認める必要性があるとは解せられない。

六結論

以上の次第であるから、原告の本訴請求中、(1)被告らに対し本件第二記事関係で前示謝罪広告の掲載を求める部分、(2)被告会社に対し本件第一記事関係の慰謝料として金三〇万円、本件第二記事関係の慰謝料として金六〇万円の二分の一に当たる金三〇万円(原告は被告両名に対し、本件第二記事関係の慰謝料を各被告につき二分の一ずつ分割して請求しているものである。)、以上合計金六〇万円及びこれに対する不法行為後の昭和四七年三月二五日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分並びに(3)被告内田に対し本件第二記事関係の慰謝料として金六〇万円の二分の一に当たる金三〇万円及びこれに対する不法行為後の昭和四七年三月二四日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は、いずれも正当として認容すべきであり、その余の部分は失当として棄却すべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(近藤浩武 井上稔 瀨木比呂志)

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